2013年

11月

04日

写真撮影

他のパソコンをお借りして、写真が更新できるようになりました。

更新できないのは、やはり家のパソコンが古いせいみたいです。

 

六角形のモザイクに目地を入れました。

グレーの目地を入れたら、あまり色が目立たなくなってしまいました。。

 

前々から意識の遠くで思っていたのですが、ホームページに掲載する写真撮影の仕方を、もっと考えなくてはいけないです。いつも見づらくてすみません。

2013年

11月

04日

クリスマスツリーワークショップ


クリスマスツリーを作りました。

 

先日、近くのデパートに行ったら、お店の中がハロウィン一色でした。

何も考えずに「ハロウィンなんて、まだ先なのに、お店は前々から季節を先取りしてすごいなー」

と思って、家に帰ってきて、カレンダーを見ていたら、その日は10月31日で、紛れもないハロウィンの日でした。

 

あまりハロウィンを普段意識しないせいでもありますが、時間感覚どころか、季節感覚まで無くなってしまっているみたいです。

 

ハロウィンが終わったら、今度はクリスマスです。

クリスマスツリーを作ってみました。

モザイク教室でも、作れないかなと思っています。

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2013年

4月

26日

カレンダー

朝、強烈な足のツリに見舞われて苦しんでいる最中に、ふと今日はごみ当番であったことを思い出した。

 

7時までにゴミ箱を出さないといけないのに、今は7時5分である。

 

つった足でびっこをひきひき、家の前にあるゴミ収集所に向かうと、もうゴミ箱が既に出してある。もう一人の当番の方がやってくれたようだ。

 

謝罪の電話をしながら、手書きのカレンダーを見た。よく見るとそこには、ゴミ当番の予定が書き込まれている。

 

今年のはじめに、私は気に入ったカレンダーが見つけられなかった。主人が会社から、いくつかカレンダーをもらってきてくれたが、世界の風景や犬の写真など、どれも、昔のおばあちゃんの家に遊びに来たようなアンニュイな気持ちにさせる代物ばかりである。

 

そういうことで、毎月とりあえず手書きでカレンダーを描いて部屋に貼ることにした。

 

しかし毎月毎月、アクリル絵の具で調子に乗って描いたカレンダーは派手さを増していき、もはや今月のカレンダーは、何が何やら今日が何曜日かすら、目を凝らしてみないと分からないようになってしまっている。なんだかこれは、カレンダーという名前を付けた私の落書きでしかなくなってしまっている。

 

気に入った絵のカレンダーがないなら、日付だけのカレンダーにすればいいんだ。ゴミ当番を忘れたことを反省して、日付だけのカレンダーを家に貼ることにした。

 

こ、これは。

 

思った以上に非常に便利である。

二ヶ月同時に見ることが出来るカレンダーには、今月だけでなく、来月の予定まで書き込めるようになっている。今年のゴールデンウィークのお休みの日も一目瞭然。私の頭に「日程」という熟語が芽生えつつあるようで、よかった。

2013年

4月

06日

お花見の季節は、みんなが桜を見たいというので、それが恒例行事であると思えてしまう。それでなんとなく桜が咲いているところにいくと、きれいはきれいだけれども、今年もとりあえず花を見ることができた、と気構えてしまう。

 

だから、桜を見ると、素直なきれいさよりも、ひとつの行事をこなしている気持ちが強いのかもしれない。宴会をしたいとか、お団子を食べたいとかも、いろいろ付随して考えることからも、その「恒例行事」感は否めない。

 

もし、一生に一度も桜を見たことがなくて、それを初めて、満開の桜一本だけを偶然見たとしたら、もう少し違う気持ちで、桜のことを考えられるんだろうか。

 

 

2013年

4月

02日

私は植物を育てるのが苦手である。

一人暮らしの部屋にずっとあったサボテン(唯一、私のアパートで生き残った)を、実家に持って帰って半年ほど置いとくと、爆発的にサボテンが増え広がっていた。私のアパートでは、ただ緑色を保つのがやっとだったようだけど、ここでは思う存分自分の生命力を生かせたのだろう。

 

しかし、花がないのもやっぱり寂しいというか、花とか育ててみたい。とまた、思ってしまった去年の秋頃に、いろいろ植物を置こうと思い、とりあえず植木鉢を三つ買った。

 

しかし秋が過ぎ冬がくると、三つとも、もう花もないし、緑の葉っぱもない状態になってしまった。

しょうがないと思いながらも、水をあげ続けていたら、最近玄関のパンジーが咲きだした。おお。なんて偉いんだ。あんなに雪にも埋もれさせてしまったのに、こんなにたくさん花を咲かせるなんて。

 

それに比べて、他の二つの植木鉢はもはや、なにがそこに植わっているのか、よくわからない。秋のものだと思っていたから、春になっても芽吹くものでもないんだろうか。もしかして、置き場所が悪いのかもしれない。パンジーの植木鉢は玄関先の外に置いておいて、光もよく当たるけど、この二つは家の窓際に置いておいたから、それがいけなかったのかもしれない。

 

そう思って、それらを玄関先において、出かけた。帰ってくると、パンジーの隣にあるそれらの枯れ枝はいかにも貧相で、春にふさわしくないように思えた。華やかに咲き誇るパンジーの後ろで、かわいそうなくらい寂しそうである。

 

彼らがかわいそうなのもあるが、モザイク教室もやるし、こんなみすぼらしい物体を玄関先に置くのはまずい。

 

そう思い、それをどかそうとした瞬間。

 

枯れ枝が根元からぐらっと揺れた。そしてするすると、土から抜けてしまったのである。いやに茶色いなあ、と思っていたら、もはや生きてここにはいなかったのである。置いとけばいつか、花が咲くと思っていたけど、パンジーのような図太さはこの花には備わっていなかった。私はこれがどんな花だったのか忘れてしまった。なんだかかわいそう。一体、どうすればよかったんだっけ。また学ばずに、私の植物育ての終盤がきてしまった。

 

でも、今回のことで、サボテンのほかに、パンジーも育てられそうだと少しバリエーションが広がった。最近、いろいろな家の庭先にパンジーの植木鉢を見るたびに、

「きっと、私みたいな人が育てているに違いない。」

と迷惑な親近感を持ってしまうようになった。

 

 

2013年

3月

05日

ひみつ

少しずつ、過ごしやすい気温になってきました。モザイクの教室の準備を進めてみているこの頃です。

 

昨日のkobanashiに、母が宿題を手伝ってくれたことを書きましたが、いろいろと思い出しついでに、その関係のおはなしを書きたいと思います。

 

母はなにかに気乗りすると、ときどき私が持ち帰った宿題を手伝ったり、いろいろ頼んでもないのにアドバイスをしてくれたりした。主には写生大会や学園祭のポスターなどの美術系のことであるが、中には別のジャンルのこともあった。

 

ある日、中学校の美術の先生が、(おそらく学内の人権委員会的なお仕事もかけもっていたためであろうが)人権の標語を募集する紙を全校生徒に配った。でも内容はゆるいもので、出しても出さなくてもどっちでもいいというようなものであった。私は当然、何も提出する気はなく、その紙を家の片隅に置いたまま、すっかり忘れていた。

 

そして幾日か経ったある日、おそらくその標語の締め切りの日だったのだろう。母が私に言った。

「これ。書いてみた。ママの力作。出しといて。」

 

知らない間に母がその提出用紙を見つけ、気分が乗ったので書いてみたと言うのだ。私は特に何も考えずに、母の字で私の名前と、標語が書かれた紙をとりあえず学校に提出しておいた。

 

それから、何ケ月経った頃であろうか、休日に妹と私は毎度のことながら、家でダラダラと時間を過ごしていた。突然、家のチャイムが鳴る。私はとても汚い格好で、玄関を開けた。

背広を着た見たこともない男の人が、そこに立っている。背広を着ることがめったにない家の父とは全く縁がないような、サラリーマン風の人である。彼は、裸足で玄関に立つぼーっと休日を満喫している私の姿をちらっとながめ、

「このお宅は、滝沢さんのお宅ですね。どうして今日、授賞式に来なかったのですか?」

 

なんだか怒っているようである。私はよく意味が分からない。

「とりあえず、賞状とおかしを持ってきました。」

 

そして、言ったとおりに筒に入った賞状と、お菓子の箱を置いて行った。

 

お菓子の箱の中身を開けると、ショートケーキとシュークリームが入っている。見境のない妹と私は、ふいに降ってきた豪華でおいしいものを、がつがつと食べた。食べ終えてから、やっと、さっきのは一体なんだったのだろうかと考え、賞状を開いてみた。それは、どうやら私の何かを讃えるための賞状であるには違いないが、身に覚えが全くない。

 

しばらく考え、これはもしかしてあのとき母が私に手渡した、例の人権の標語ではないだろうか。と思い当った。

 

その日を境に、市内中に私の名前をのせた人権標語が張り巡らされだした。ほかにも何人か受賞者はいたようで、スーパーやら公的な施設などに、その標語の紙の連なりは、次の受賞者が決まる一年後まで張られていたような気がする。あるいは、すぐになくなったのかもしれないけれど、私はそれを見る度に、悪いことをしている気分になって、深く記憶に刻まれているため長い時間に思えたのかもしれない。

 

市内中でお祝いする、中学生にしてみれば大きな賞であったが、学校の美術の先生はおそらくとても適当な性格であったために、出さなくても出してもどっちでもいいような軽いものとしてそれを募集し、受賞した学生に授賞したことも、授賞式があることも知らせるのを忘れていたのだろう。お陰で、私はよく知らない人に、ダラダラしていた休日の格好を見られ、特に理由もないのに、大切な授賞式をすっぽかしたと思われ、怒られながらも、めんどくさい式に出ることなくケーキにありつけた、、、、でなく、まあ、なんだか、予想していたよりも大きなことになってしまったことに、家族で驚くこととなった。

 

その後、

「このことは他言無用に、ひみつにしておこう。」

 

という家族のひみつとして、この事実は取り扱われたのである。が、もう時効だろうと思い、書いてみた。ケーキがなかったら、全くよくない思い出である。

 

妹には、

「お母さんが書いたのに、お姉ちゃんの名前だけ、市内に出てずるい。」

と言われたが、「できれば変わってあげたい、お前も母が気軽になにかを提出しといてと言ったときは気をつけなさい。」と頭の片隅で思ったのである。

2013年

3月

04日

キャンプのしおり 2

こないだのつづき。

 

ただの三角錐であるだけの、テントの絵すら描けない私に、横から見ていた母は言った。

 

「こんなのどう?朝、クマが出てさ、テントの中の子たちがびっくりしている漫画みたいな絵。」

 

と、丁寧にイラストをつけて提案してきた。かわいいクマがぼーっと突っ立ているところと、キャンプをしているテントの中の男の子が、目を丸くして髪の毛を逆立てているイラストである。

私と違って、なんだか上手に見える。なるほど、ただのテントの絵を描いただけじゃおもしろくないか。ユーモアがあって、なんだかキャンプも楽しい気分になるかもしれない。

 

母に手取り足取り、教えてもらいながら、私はキャンプのしおりの表紙の絵を描いた。もはや、私の絵ではないかもしれないが、まあいいや。私なりにいろいろと考えたりした部分も、なきにしもあらずである。

 

私はその絵を、国語の先生に提出した。

 

後日、国語の先生は出来上がったしおりを私に見せて言った。

「ちょっとあなたの絵は、キャンプに不向きだったから、私の方で修正したわ。」

と、修正液でかわいいクマとテントの中の少年を消して、テントとわずかに背景の木だけが残る、もはや構図のおもしろみも、なにもない、キャンプの最低限の要素が画面に散らされているだけの表紙が出来上がっていた。

 

その先生は、よく生徒を叱ったりする厳しい先生だけど、その叱り方も筋が通っているし、授業もわかりやすかった。私は先生を嫌いではなかった。ただ、今思えば先生には真面目すぎるところがあったのかもしれない。今だったら、私は一生懸命描いた(自分だけの創作とまではいかないまでも)ものを、無断で修正液で消されたりしたんだから、少しくらい怒ってもよかったかもしれないと思うのであるが、

 

でも当時は、私は何か自分がすごく失敗してしまったと思って、国語の先生の期待にうまく応えられなかったことに意気消沈してしまったのである。そして、自由な母とその母に育てられた私と、この中学校(社会全体?)の間にある溝のようなものに、ふと怖れを感じてしまうような、気の弱い私を感じた。自分だけの創作ではなかったことも一因かもしれないが。そのような、外の圧力を恐れる気の弱さは今も変わらない。

 

話は全く変わるが、最近自民党が政権を握っていろいろと、武器の輸出の制限が弱められたり、法律が変えられようとしていたり、恐ろしいスピードで、何かと衝突していく方向に向かっているようにみえる。それに伴い近隣の国をむやみに批判したりする風潮が助長されているように思える。先日、戦時中生きていた作家のエッセイを読んでいて、当時の軍国主義の下で育ったその作家は、国の方向に疑問も抱かずに暮らしていたことを悔いている描写があった。

 

私も、そういう中にいれば、疑問を抱くことを知らないような、観察力や考えることに欠けている人間であると思う。キャンプのしおりのイラストを無断で修正されたことに、素直に自分(と母)が悪かったと受け入れたことからも、なんとなく想像できる。

 

そういう自分の弱さを、ちゃんと覚えておきたい気がするキャンプのしおりの思い出であった。

 

 

 

 

2013年

3月

02日

キャンプのしおり

何日かあたたかい日がありましたが、今日はまた寒いです。

家の前におく看板が出来上がりましたが、ちょっと色があまりよくないかもしれません。また写真を掲載します。

 

最近、時間のあるときに、絵の具でスケッチブックに気ままに色をつけてみています。モザイクのようにガラスが飛び散らないので、どこでもできて便利です。それをしていたら、中学のときのことを思い出しました。

 

中学一年生のとき、国語の先生が私に言った。

「美術の先生にきいたら、あなたと○○さんを推薦されたの。今度のキャンプのしおりの絵を描いてくれない?」

一体、どういう経路で120人くらいいる学生の中からの2人に、私まで推薦されたのだろうか。第一、まだ入学して数ヶ月である。美術の先生に、私は一体推薦されるための何を見せたというのだろうか。

 

思い返してみると、その理由は、入学して最初の授業にある気がする。そのなかで、美術の先生は私たちにスケッチブックに絵の具で好きな絵を描くように言った。私はなにかを正確に描写したりするのが苦手なため、好きな色を使って授業中いっぱい、子どもの落書きのような抽象的な何かを描き続けたのである。

 

察するに他の人は、もっと何かをしっかり描こうとしたのではないかと思う。

 

そんな中、私の中学生とは思えない幼稚園児のような絵を見て先生は、天才的な描写力の幼年期や青の時代や、新古典主義の時代を経た後のピカソや、研究を重ねた後のカンディンスキーのように見えてしまったのかもしれない。そして、天才的な幼年期も知的な研究財産の背景を持たない、私のただの偶然に出来てしまった抽象的絵画は、「キャンプのしおりのイラスト」にはまったく不向きである。国語の先生の意図を、この美術教師はまるで理解していなかったと思える。

 

でも、そんなことに私は気づかずに、なにか自分によいところがあって、推薦されたのだと思ってしまった。だれかに推薦されるということが普段はほぼ皆無の私である。家に帰って、早速テントの絵を描き始めた。しかし思うように描けない。横から見ていた母がある提案をした。

 

つづく

2013年

2月

14日

字が下手

「字がへたなんですよ。」

という人の、ほとんどの人はそこそこだけど、謙遜でそう言っているにちがいない。その証拠に、その人がいざ字を書いてみれば、

「そんなことないですよ。」

と言ってあげられる。

 

けれど、私の字の下手さは、ほとんどの人がわたしの字をみて言ってくれるのは、

「・・・まあ、大丈夫だよ。」

と、決して「字がへた」ということを否定したものではなく、「(生きていくには支障はないし)大丈夫だよ。」という慰めの言葉である。

 

ほとんど、毎日のように字を書くのに、私の字は変わらない。いつも自分の小学生の頃の字の練習帳を見るかのような気分で、自分の字を見返す。

 

今までは、生きていくのには支障がないと思っていたけれど、もしかしたら、大いにあるのではないだろうか、となんとなく、最近気づき始めた。仕事にしても、字が汚い人に字を書くことをお願いできないし、字で人格を判断されることだって大いにあるだろうし。

今までは、「字は人を表す」と言われても、まあどうでもよかった。でも、私の汚い字を見て判断されうる私の人格が、決して間違ったものではないような気もするので、自分の字をみるとなんだか気分が落ち込んでくる。

 

とりあえず、本屋さんに並んでいる「ペン字練習帳」を買おうか買うまいか、悩むという、新しく本屋さんの立ち読み場所が増えてしまっている。

2013年

2月

05日

笑い

2月になって、もう5日です。

家のインターネットが復旧したのですが、ブログの更新が家のパソコンで上手にできなくなってしまっていて、結局、まだ図書館で更新してみています。図書館のパソコンは古いのに、はやくて使いやすいです。30分制限なのもいいです。

 

その割に、あまり、だれの身にならない文章を日々更新していて申し訳ないですが。モザイクの制作やお話つくりも別に少しずつ進めてみたりしているのですが、本当はそっちの方をここに書いていかなければいけないとは思いつつ、ご報告に足るような大したトピックもないので、ここではだれの役にも立たない、どこに向かっているかよくわからないことをつらつらと書いてみています。

 

そして、今日のお話はその最たるものかもしれないです。

 

ときどき、「思い出し笑い」というのをしてしまいます。でもあまり同じ出来事を思い出して何回も笑うことはできません。せいぜい2回くらい。

 

でも、こないだ最近(すこし前に?)流行っているという漫画の『宇宙兄弟』を読んでみていました。主人公が宇宙飛行士になるために、試験を受けたり、訓練をしたりしていくお話ですが、その主人公が宇宙飛行士になるための大切な面接を受けているシーンで、試験管に一番最後に、

「最近、自分のことで発見したことはありますか?」

ということを聞きます。

 

そこで主人公の答えの場面はなく、次のコマでは主人公はそのやり取りを終え、大きな手応えを感じながら、面接の部屋をあとにしています。その夜、同じ試験を受けた友達にその質問になんと答えたかを主人公が聞きます。

 

友達は、なんだかすごく立派な答えを話しました。

 

主人公は、そのとき、自分がなんと答えかを振り返って、初めてショックを受けます。

 

髪の毛が天然パーマの主人公はその答えとして、

「他の人より、自分はシャンプーがよく泡立ちます。」

と答え、追加で、

「あとリンスも。」

 

と言って、面接を終えたのでした。

 

すごい下らないのですが、それを読んだのが2週間くらい前にもかかわらず、この話を寝る前とかに思い出したりする度に、ツボにはまって、すごい笑ってしまいます。自分のことながら、よくわからないな、と思います。

2013年

2月

01日

ハタハタ

ハタハタ。

ハタハタという魚を、私は長野県にいたときは知らなかった。もしかしてお店でもあったのかもしれないけれど、とりあえず家の食卓に並ぶことはなかった。

 

金沢にきて、ハタハタが売られているのを見たとき、少しびっくりした。長さ10センチくらいの小魚が大量に(15匹くらい)一つのパックに詰められている。そんなにたくさん入っているのに値段が安い。

 

金沢にきたとき、最初に付き添いで来てくれた母も感動したらしく、それを買い求め、よく分からない煮物にして保存食用に置いていってくれた。でも大量の、魚をおろしたあとに出るゴミの量と、一人で食べきれない冷蔵庫の魚たちにちょっと気分が暗くなり、それ以来、一人暮らしのアパートでその魚に手を出すことは無かった。

 

今の家の近くには、金沢の観光名所のひとつで、「金沢市民の台所」と呼ばれている大きな市場がある。市場というから、どんなに安いかと思いきや、そうでもない。スーパーで買った方が安いような気がするものも多い。でも高い理由は、ただ単価が高いというよりも、もしかしたら、ひとつを大量に買わなければならないからかもしれない。どのお店にも「一盛り・・・円」という札で値段が書いてある。

 

「それをください」と言ったら最後、ひとつのカゴに山盛りになっている大量の魚やその切り身を一つのビニール袋に詰めてくれるのである。ハタハタにいたっては、25匹~30匹くらい入っている気がする。でもハタハタについている値段はここでもあまり高くない。カニやらカキやらブリが、私には手の届かない値段で売られている中、手を出せそうな魚はこれぐらいである。

 

よし、これを買おう。だだだだっと魚がビニール袋に入れられる姿を目にしてなんだか、ここに今住んでいるんだな、という気がしてきた。観光できて、ハタハタを買う人はあまりいないかもしれない。観光でもお金持ちでもない私がここで買える魚はこれなんだな、と思うと、ずっと見ないふりしてきたハタハタに親近感がわいてきた。

 

 

 

 

 

2013年

2月

01日

歩き

1月31日

 

今日は美大と図書館に行ってきました。美術館の作業で調べていないことがあったので、気になる資料を借りてこようと思っったのです。わたしは、頭の回転が遅くて、すこし考えれば前もって調べておけばよかったのことなのに、今更になってしまいました。もっと記憶能力と回転の速さを持ち合わせた頭が欲しいです。あと取り繕わない心も。でもずっと思ってるのにそんな頭も心も与えられないので、溜息をつきながらも、がんばって付き合っていくしかないようです。

 

珍しく雲のない晴天だったので、雪の中を歩きました。雪の中を歩くと、うっかりすべったり、足をとられたりするので、ただ歩くのとは違い、歩くことに集中できます。そんな合間にも、いろいろ適当なことを考えたりもするのですが、全体的に車や自転車を運転しているよりも、焦ったりしないし、広々とした気持ちになれるので、すこし嬉しいです。

 

車や自転車だと、どうしても運転に集中したり、速く目的に着きたいと焦ってしまうのですが、歩きだとただただ一定に進めばいいし、車や自転車よりも早くないことはもう分かり切っているし、標識を見ないで一歩通行を突き進んで注意されることもなく、どんな変な道でも堂々と通れるし、気楽でいいなあと思いました。

 

帰りは、借りた本があまりに重くて、さすがに(懐かしい100円)バスに乗りました。歩きもいいけど、人が運転してくれる車に乗るのもいいなあ、と思いました。

2013年

1月

29日

カモとガラス

冬になると、ニットなどの服を着ることが多くなるので、モザイクのガラスを切るときガラスの破片がくっつかないように、作業着をその上から着てみるのですが、なんとなくきつくて体が思うように動きません。着込みすぎて、冬の毛がふさふさのカモのようになっています。

 

こないだ歩いていたら近くの川でカモを二羽みました。

 

カモは遠くから旅をしてきたにもかかわらず、そんな気力どこにもないような脱力した姿をしているので、ちょっと頑張っている割に理解されない気がしてかわいそうです。

 

ふと見ると私のとなりには、自分も遠くから旅にきています、というような自転車の人がいて、その人も自転車からおりて、カモを見ていました。もしかしたら、同じように遠くから旅をしてきたカモに自分の境遇を重ねているのかもしれない。と思ったけど、またカモの脱力した姿を見直してみて、そんなことないなと思いました。

 

 

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2013年

1月

28日

インターネット

1月の初旬辺りに、主人が今つながっているインターネットを一回解約しなければならない、と言い、私はわかったと言いました。言ったはいいものの、どのくらいの期間つながらないのかとか、あまりよく考えていませんでした。

 

いざ解約してみると、新規に登録するのは早いけれど、解約する作業はなんだか後回しにされてしまうようで、大体一ヶ月くらい家でインターネットが使えなくなってしまうことになり、もともとテレビもない家の環境はネットがなくなって、さらにとても静かになりました。朝7時のラジオのニュースが最近の貴重な家の情報源です。雪が降ることも、その日の朝の近所の人たちの雪かきの音で初めて知ったりします。

 

なので最近は近くの図書館に通って、制限時間30分の中で、このkobanashiコーナーの更新をしています。ついでに新聞の一面をささっと見てきます。

 

近くの図書館は夜8時までやっている働きもので、見た目にはあまり本はないけれど、さすがに県立で書庫にたくさんの本を抱えていて(都会にはかないませんが)、学生のころから重宝していました。

知らないおじさんたちが、いつ行ってもいろいろな席で何かの勉強を熱心に取り組んでいます。私もそう思われている一人だと思いますが、一体この人たちはこんな雪の日まで、どこから来て、毎日毎日なんの勉強しているんだろうか。

 

ということで、写真の更新などできなくてすみません。

 

2013年

1月

25日

物語

パン屋にいくと、なにかのお話の、それはヨーロッパのどこかの街角で魔法使いに出会ったり、だれかが本屋でいろいろな本を手に取ってその装丁に見入っていたりするようなお話で、そういう背景に流れていそうなチェロの曲が流れていました。

 

ジャンルとかはわからないのですが、聞くと、いろいろなお話が想像できる曲が私は好きで、映画のサントラ集とかはお話のために作られたりしているのもあるのでよく聞いていました。

 

それでそういう曲を聴いたら思いつくような物語を自分で書いたりするのも、細々と続けているのですが、あまり上達しません。だけどこないだ学校の後輩が絵を描いてくれて、あるお話で一緒に絵本をつくりました。

 

そのお話は、レモンを栽培しながらレモンに関する商品を売る店を営んでいる主人公と、そこに集まる登場人物やレモンの木のお話です。ひとつ書いたら、いろいろ変な登場人物が浮かんできたので、シリーズにしてみようと、3つくらい書いてみました。どこかしらみんな、コンプレックスがあったり、他から変だな、と思われていたりします。

 

レモンのお話にしようと思ったのは、前に深夜ラジオでレモン農家の人のインタビューがやっていて、おもしろいと思ったからというだけですが、その後輩の子が、私のお話を描いてもらうにはもったいないすばらしい絵描きさんで、その絵を見ているとまた別の登場人物がいたらいいなと思ったりもしてしまうこともあり。少しずつそのレモンのお店の周辺のお話も広がっていけばいいと思います。

 

2013年

1月

24日

映画とスクワット

2004年の映画「ヴェニスの商人」を見ました。

シェイクスピアの喜劇ですが、19世紀頃にそこで悪者として書かれているユダヤ人に同情的な見方をする解釈が行われるようになったということです。

 

中世のヴェニスでは、ユダヤ人たちはキリスト教徒に差別されて、仕事もあまり選べず、仕方なしに忌み嫌われる金貸しになっていたという前文があり、ユダヤ人の金貸しのシャイロックは、あるキリスト教徒に金を貸し、返却期限に間に合わないとその人の「人肉」を1ポンド切り取る、という証文を交わします。最初は、そんなことにはならないと言っていたキリスト教徒でしたが、最終的にいろいろあって期限に間に合わないかもしれないことになりました。

 

ユダヤ人のシャイロックは、証文通りにその人の肉を切り取ろうとします。

 

回りの人は、慈悲のないひどい奴だ、と言ってシャイロックを罵ります。最後は、登場人物のきれいな女性の一人が有能な裁判官に変装し、結局その人は肉を切り取られずに助かって、内容的には大団円なのですが、シャイロックが可愛そうという気持ちは残ります。

 

映画に描かれていたように、クリスチャンたちのユダヤ人に対する差別はずっと根強くあって、それで本当に苦しい思いをしながら生活していた人がたくさんいたことは事実で、今もどこかでそれは続いているのかもしれません。イエス・キリストを信じていても、歴史はそのクリスチャンと呼ばれる人たちが必ずしもよい結果を生み出してこなかったことを知っています。ガンジーは、聖書は信じることができるけど、クリスチャンの行いを信じることができないということを言っていたと、どこかで読みました。

 

私も毎週教会にいっているけれど、きっとそう言われても仕方がないことがたくさんある気がします、というかすごいあるので、私のことはあんまり考えられたらだめなのですが。「立派な人」になることが、聖書の目標ではないとは思いつつも、そういう歴史を見るとやっぱりなんともいえない気持ちになりました。

 

関係ないですが、「スクワットを300回できるようになるといい」と本に書いてあったので、やってみたら50回くらいで死にそうになり、80回やったところで断念しました。そして今日は筋肉痛がなのですが、階段は手すりにしがみつかないと上れず、その下りにかかる時間といったらすごいです。今日はスクワットは1回とてできません。いつ300回できるようになるんだろうと、遠い気持ちがしています。

2013年

1月

23日

中村記念美術館

中村記念美術館は、県立図書館の裏にある小さな工芸品の美術館です。

 

小さくて拝観料も安いのですが、でも時々見に行くと、いつも胸がいっぱいになります。茶道の道具などが主で、私はお茶もやらないので、道具を使うことはわからないのですが、ひとつひとつのものの、色や形、通ってきた歴史など、時代を超えて大切にされてきただけはあるなあ、と感じて、ひとつひとつのお茶碗の前で立ち止まっては考えさせられます。よくここまで濃密なものが揃っているなあ、と思います。

 

現代工芸展や最近流行のナチュラル系の工芸品を見ても、ここまで、何かを見た、という気にはならないのですが、でもそれは単に好みの問題かもしれません。

 

少しわかりづらいところにありますが、金沢にお越しの際は、21世紀美術館と県立美術館の間にあるので、よかったら行ってみてください。

2013年

1月

20日

傘と冬

金沢にくるまでは冬は晴れているものだと思っていましたが、それは昔の話で、今は、雷が鳴ると冬の訪れを感じ、空の雲がいかに厚いかで冬の只中にいることを実感します。

 

「弁当忘れても、傘忘れるな。」

と言われる北陸の天気。

 

冬に雨や雪が降ることが日常になってきたのはいいのですが、なぜか、傘を持ち歩くことに慣れないのです。

美術館やお店から出るときに、他の人は雨が降っているのに気付くと、どうしてだかどこからか傘をばさっと出し、悠々と水しぶきの中を歩いていきます。わたしは、行きに雨が降っていなければ、帰りのことなど考えないでそのまま出てしまうので、雨の中ぬれながら帰ることの確率の多いことといったら、不思議なほどです。

 

「そうだ。傘を。気にいった傘を持とう。」

 

気に入ったものだったら、持ち歩いたりするのも、億劫でもないし(そうでもないですが)、忘れないかもしれない。

 

しかし、気に入った傘を買って、なくさないで持ち歩こうと思ったのがつい一ヶ月前にも関わらず、気がつくともうその傘が見当たりません。行きに雨が降っていて、今度は帰りに晴れていて、うれしさのあまりそのまま飛び出し、どこかに置き忘れたらしいですが。

 

そういうことは今までにも何回かありますが、気に入ったものだと落ち込み度も半端ないです。

 

私が傘と仲良くなるよりも、晴れる北陸になる方が、簡単なんじゃないかと、ふと思ったりします。

2013年

1月

05日

あけましておめでとうございます。

実家の長野から金沢へ帰ってきました。

ほとんど風邪をひいて食べては寝てを繰り返していたので、なんだか夢を見ていたような帰省でした。

 

群馬県北軽井沢のキャンプ場「スウィートグラス」さんへモザイクを(無理矢理)渡してきました。「星降る夜」という物語を書いて、それをイメージしたモザイクです。いろいろな形や色の星が地上に落ちる景色を想像したけど、少しまとまりがなくなってしまった気がします。

 

北軽井沢は雪で快晴でとてもきれいでした。

やっぱり雪が降ったあとの空は晴れていてほしいです。

 

年越しをキャンプ場で過ごす人たちは楽しそうでした。ストーブつきのテントなんて初めて見ました。

 

今年もよろしくおねがいします。

 

 

2012年

12月

05日

長らくお休みしておりました。

9月より長らくお休みしていて、申し訳ありません。

また、更新していこうと思いますので、よろしくお願いします。

2012年

7月

17日

枠に色を塗る

木枠に青い色を塗ってみました。

自然の色だった木枠が人工的な色になるのは、不思議です。

 

昔みたテレビで、なんにでもカラフルな色をつけたいという人がいて、お米にも食紅をいれたりして、不思議な色のご飯を食べていました。

 

友達にも、サーティワンのあきらかに体に悪そうな色のアイスが本当に好きだ、という人がそういえばいました。自然派思考の現代ですが、私もその人工的な色をつけたくなる気持ち、分からないでもないなと思います。

 

写真の隣のタイルはいただいたものです。シンプルだけど、とても素敵です。

 

 

石を割りすぎていたら、割り台とハンマーの先が割れてしまいました。

大切に使わないといけないのに、手入れの仕方が分かっていませんでした。 

2012年

7月

11日

隣の工事は壁面工事

隣の会社が工事中です。

もう三ヶ月前くらいから、工事中で、いろいろなおじさんの声が聞こえます。

 

全体的に建て直すというよりも、壁面などの修復のようです。

最近やっと足場が外れたのですが、あまり変わったように見えません。

 

きっときれいになっているのだけど、引っ越してきたばかりで、この建物の前の壁をあまり覚えてないので違いがよく分からなかったのです。

 

けれど、ふとお昼に外に出てみると、壁のレンガを修復しているおじさんがいました。

 

あまり時間がなくて、じっくり見られなくて、少し質問をしただけで通り過ぎたのですが、帰って来るとその一角がすごくきれいに直っていました。確かに、こうしてビフォーアフターを見ると、前は崩れているレンガがあったけれど、修復した後はどこを直したのか分からないくらい、美しい仕上がりです。だから余計に違いが分からなかったらしいです。

 

美術作品の修復などは、わざと後の時代で修復したことが分かるようにするようですが、これは全く何が修復されたのか分からない。

 

限られた時間で大変美しいお仕事をされる職人さん。いつも羨ましくて遠くて手が届かない存在です。

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2012年

7月

10日

ワークショップのためのモザイク

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2012年

6月

03日

私は朝が苦手である。

だから、朝に対して並々ならない憧れがある。

 

私は時間の管理が苦手である。

だから、時間のことを想像すると、短い時間でもそこに無限の可能性があるような気がしてしまう。あと1時間ある、と言われれば、その1時間で今目前にある全てのことが終わるような気がしてしまう。(しかしそれは間違っているために人に迷惑をかける。)

 

ということで、私はこれまでに半年に一回くらいの割合で、朝早く起きて何かをするという目標を立ててきた。朝早く起きれば、そこには無限の可能性があって、いろいろなことができるはずだ。

 

○ 朝6時に起きて、ジョギングをする。(そうすれば体力もついて、すがすがしい一日が送れるはずだ。)

○ 朝5時に起きて、1時間聖書を読む。(そうすれば、お祈りもできて、尊敬する信仰者のような人生が送れるはずだ。)

○ 朝5時に起きて、7時までに語学を1時間ずつ勉強する。(そうすれば二ヶ国語を習得できるはずだ。)

 

 

など、いろいろ。

 

だから、学生時代から携帯の目覚ましは、大体5時と6時にセットされている。

 

だけど起きたころには、そんな時間に目ざましが鳴ったことなど、深い睡眠状態の私は全く気づいていないので、自分自身はその時間に目ざましをセットしていることなど忘れていた。

 

でも、最近同じ部屋で寝る家族などに「頼むからその時間に目ざましをセットして、他の人を起こすのはやめてほしい。」と言われ、申し訳ないと思い、目ざましを朝早くセットするのをやめた。

 

どうして、あんなにあこがれているのに、朝早く起きられないんだろう。実際に起きられないからなのか、夜寝る時にいろいろやり残したことでも、朝早く起きさえすればすべてできるんだ、という間違った想像もいまだに無くならない。朝の30分は夜の30分の何倍も何かができるというようにどうしても思ってしまう。

 

朝早く起きることができる人を見ると、それだけで私の尊敬の対象になる。「この人は本当に素晴らしい人なんだなー、私とは違うんだな。すごいなー」と無条件に感じてしまう。

 

 

というように、朝に対して憧れのため朝の目標を立てては、ことごとく全く続けれられていない私である。でも夜遅く寝たのに最近4日続けて早起きができて仕事ができた、という奇跡的な事件があったので、遠かった朝にと少し近くなった気がした。 

 

2012年

4月

26日

大学の先生

集中講義になると、いつも来てくださる大学の先生がいた。

 

研究分野も広く、それぞれに深い先生のそのときのテーマは「戦争の絵」についてであった。

 

戦争画というと、原爆の絵などが日本では多い。

でもそのときは、日本が被害にあったときの絵ではなく、東南アジアなどでの日本の兵隊を描いたその国の人々の絵がテーマというか、講義の一部で紹介された。

 

そういう絵を見たのは初めてだった。実際に苦しみにあっている人が描いた絵で、決して上手いというわけではないけれど、真実にせまってくるような絵であった。

 

日本兵の蛮行といえる姿と、現地の人の悲しそうな眼がどのページにも描かれていた。これを想像だと言えばそれまでであるけれど。

 

こういうような絵を大学生になって初めて見ることは、本当はあってはならないのではないかと思った。

 

本当は、図書館の日本人が描いた辛い戦争絵の隣のコーナーなどにこういう画集もあるべきじゃないかと思う。

2012年

4月

23日

社会科の先生

私は社会の先生という人が基本的に好きだった。

 

成績がいいわけではないのに、なんとなく社会の時間はいつも好きだった。

 

授業の終わりには質問や感想を書いたノートを提出して、次の時間までには一人一人にちゃんと応えて返してくれる先生も多かった。

 

卒業式などには、国歌が歌われる。私達の子供のときには、その時に起立して歌わない先生はぽつりぽつりいたと記憶している。その姿を横目でみる子供の私には、先生が起立しない意味は正確には分かっていない。ぼんやりと先の戦争が関わっていると思うぐらいだけど、その姿に勇気をもらうことは多かった。うやむやにせずに、自分の中で真実をつらぬこうとしている姿に見えたからだった。そこに、考える自由と個人の尊重があるようにも思えた。

 

「あの戦争で、日本は過ちを犯した。」

小学校でも中学校でも、私達はそう習った。

長野県の松代にある大本営にバスで行けば、強制連行された人々によって掘られた巨大洞窟があった。ここで命を落とした人はどれだけだったか。天皇始め日本の上層部の人たちが最後の最後に逃げ込もうと用意した巨大な穴だった。また慰安婦問題のドキュメンタリーを録画したものを小学校の担任の先生が、学校のテレビで見せてくれたりもした。そこに出てきたおばあさんの涙は今でも頭から離れない。私達はそれぞれ考えさせられた。

 

 

そういう中で社会の先生の卒業式での姿は、その先生がよく考えた結果であるのだと思った。 いろいろな立場がある中で、先生はそれを選んだんだ。ここにはその選択の自由がある。

 

今、一部の地域では国歌斉唱に起立しない教師は処分の対象となりうる。

これからそれらの地域以外でも、子供のとき私が見たような先生はいなくなってしまうんだろうか。 子供はそういう先生の姿から悪影響は受けない、それぞれがよく考えることを教えてもらっている気がする。

 

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2012年

4月

21日

おじいさんと桜

桜が咲いて、たくさん花びらが落ちている。一体この大量の花びらはいつもどこにいくんだろう。

 

桜は花もきれいだけど、その幹の方にも魅力がある気がする。「こんな黒い色は私には出せない」と染織家の人が言ったと聞いたことがある。雨にぬれた桜の幹。そのごつごつした威厳のある姿。

 

私は木を見る時、葉っぱが落ちたあとの枝と幹を見るのが好きだから、余計そう思うのかもしれない。枝の曲線と鋭い形がつくるシルエットが、太陽が沈んだ瞬間の空に映しだされるとき、なんともいえない気持ちになる。

 

学生の頃、学校の正門に1本あった桜の木はなんだか王者みたいな風格だった。その幹の曲がり様は、完全に私のつぼだと思っていた。

 

ある日その近くで本を読んでいると、通りすがりのおばさんがいきなり昔話を始めた。(ある場所でいかにも暇そうにしていると、うっかり知らない人の昔話や近況を聞くはめになる。)

 

「ここ一体は昔はあの1本だけ残っている桜の木と同じような桜が、たくさんあった道だったけれど、新しく道をつくるために木を切り倒した。本当はもっと早くできるはずだったけれど、近所のおじいさんが反対して何年も工事ができなかった。そのおじいさんが最近亡くなってようやく道をつくることが出来た。この道ができて今は本当に便利である。」

 

というような話である。どんなに不便な道だったんだろうか。今も巨大な坂の頂点にこの集落一帯があるということに、私は根本的な不便を感じているけれど。できればこの丘が全部なくなればいいのにと思っている私は、そのおじいさんに顔向けできなかったなあ、とぼんやり思った。

 

そういう壮絶な歴史に耐えた桜の木だから、なんだか威厳があるように思えるのかもしれない。しかし、一人反対者がいるだけで、工事が進まないというのは、すごいことだと思った。ニュースを見ていると、いろんな反対の声が結局聞かれないでつぶされることの虚しさを感じることも多いけれど、そうやって声を出すことはやっぱり大事なんだと思う。

2012年

4月

09日

池の鴨

美術館からの帰り道、まだまだ金沢は寒い。

遅くなって暗い道を歩き出すと、猫がいる。

 

何かを狙っている姿である。

自分と同じ大きさにもなる鴨を狙っているようだ。

 

自分と同じ大きさの獲物を狙うだけでも、勇気があるように思えるけど、池の中を優雅に進んでいる鴨を狙っているところで勇気というか、何か間違っているような気がした。この猫はあの鴨が地面ではない場所にいることを知らないのかもしれない。多分このまま行くとただ池に落ちてしまうんだろうな、と思うと、まだ寒いし少しかわいそうな気もした。

 

なので、わざと猫の横を大股で通り過ぎて、この狩りを阻止してみた。当たり前だけどすごく迷惑そうであるが、私の存在は眼中から一瞬で消え失せ、懲りずにまた池の中の鴨に夢中になっている。

 

とりあえず放っておく。

 

次の日この猫にまた出会った。今日は木の根っこに夢中である。

元気そうでよかった。

 

2012年

3月

21日

お店の紙ナプキン

ほとんど人がいないホテルの食堂で、朝ご飯を食べていると、ホテルの使用人が二人で楽しそうに紙ナプキンを二つ折りにしている。

 

彼らの顔はリラックスしている。誰にもおびやかされない朝の一仕事が終わった後の、良き時なんだろうと思う。

 

「紙ナプキンを折る」という作業は、私がアルバイトしていたお店でもあった作業だったので、懐かしかった。どういう時の作業かと言えば、お客さんが来なくて暇で仕方がないときの作業である。ただ、暇なだけではなく、暇な上に疲れて動きたくないときのとっても楽な作業だった。だからリラックスした顔でするというよりも、いまひとつやる気がない表情の人が多かった。

 

他に暇なときの作業としては掃除がある。一瞬でも暇そうにしていると、同じく暇なためにバイト達の動きがよく目につく店長に、年末大掃除のような大仕事を言いつけられる。営業中にも関わらず、ホールの壁を洗剤で磨くということまでさせられる。

 

そのため、結構な率で暇だったそのお店は、いつも隅までピカピカだった。でも南の島の写真やいつからあるのか分からない造花(ときどき洗剤で洗われるために、色が褪せている。)などいまひとつセンスから程遠いものが並んでいたため、ピカピカだけどそのことが大してお店のイメージ向上には結びついていなかった。

 

さて「紙ナプキンを折る」という作業は、やりたくてもできない時が多い。

なぜかといえば、アルバイト達みんながやりたい憧れの仕事であったため、いつもそれを補充する棚が、折られた紙ナプキンで溢れかえっていたのである。

 

しかもその紙ナプキンは、特に洋食屋でもなかったお店の唯一の洋食メニューである「カレー」のスプーンに使われるだけであった。更にそれが出前で出た時にだけ、スプーンに巻かれるというレアなアイテムなので、1分で5枚は折れるのに、需要が全く追いついていなかった。

 

なので、あんまり折りすぎると他のバイト達に白い目で見られてしまうので、加減が必要であった。

 

 

けれどこのレストランでは、あのリラックスした時間をじっくりと二人で過ごす時間が、毎朝とれるほど、きっと紙ナプキンが需要されるんだな、と各テーブルのスプーンとフォークの下にひいてあるそれを見ながら思った。

 

1日を終えて疲れ果ててやる気のないバイトが取り合う仕事でなく、「今朝も一日がんばりましょう。」きっとそう言いあっている、よい紙ナプキンのひとときなんだろうな。

 

 

 

 

 

2012年

3月

12日

月桂樹

「ビーフシチューとか普段つくる?」

「食べたいけど、高価なのであんまり作りません。」

「じゃあ、カレーでもいいんだ。」

「カレーなら作ります。」

 

「月桂樹があるんだけど、持ってかないかな。今、伐採して燃やすとこなんだ。」

月桂樹?

「カレーやシチューに入れて、香りが出るんだ。」

「もしかしてローリエですか?」

「そう。」

 

モザイクの先生の庭にはいろいろな木や葉っぱがあるけど、イタリアンパセリとかバジルとかスパゲッティに入れたらいいようなものも多い。ローリエまであるなんて。ここだけ、北陸の田舎ではない石畳が続くアッシジとかの田舎のようである。

 

「もう燃やすんだから、たくさん採ってたらいいよ。」

その声にもう一人の女の子と、がつがつ月桂樹の葉っぱを剪定して、ビニール袋に入れた。

これだけ干しとけば、向う10年はローリエを買わなくてもいい、そうつぶやきながら、やみくもに、言われなければ伐採されようと燃やされようと特に私とは無関係だった葉っぱを、袋に詰めた。

 

先生のお影で、家には、うなぎに入れる山椒や、イタリアの料理に使えると思われるのイタリアンパセリ、いつかビーフシチューに入れるだろうけど当分はカレーに入れるであろうローリエが増えた。

けれどこれらは上級料理に添えて、その料理がより上級になるための代物に思えるため、本当に彼らがこの家で自分の本来の活躍できるのかはよく分からない。

 

ちなみにいつかここで書いた山椒は、厳しい雪の中、外に放っておいたら葉っぱがなくなってしまったので、例えウナギが来たとしてもすぐに威力を発揮できないと思うので、余計にかわいそうに思える。

2012年

2月

15日

雪かき

家のとなりは、ある会社さんの駐車場で、向かいは神社の裏の厨房である。

 

家の前の狭い路地は、日当たりが悪く雪が融けない。

 

でも隣の会社さんも向かいの厨房さんも、雪かきをこれといってしていない。正面玄関などは奇麗にしているけれど、ここは裏路地であるので、相方特にする必要がないと思っているのだと思う。

 

私も雪が降っても、これは気楽だと思い、気づいたらする程度でせかせかと雪かきをしていなかった。

 

でも、ある日車がはまって、動かない。自分のだけならまだしも、通る車通る車ぎゅるぎゅるぎゅると雪にはまった音がしている。私の家の雪かきの範囲は狭い方で、大部分は隣の駐車場と向かいの厨房さんがしなきゃいけないところだと思っているので、それでも今いちやる気がしない。とりあえず隣の駐車場の人の車がはまっているのを見て、シャベルを貸してあげて満足した。

 

雪は降り、少し融けてはまた降り、降り積り、の繰り返しである。せかせかと雪かきをしていないことは一目瞭然であるがここはなんと言っても裏路地だし、別にいいだろう。けれど、先日うっかりこの道を曲がった、すぐ隣の同じ町内の路地を見てしまった。どうしてだか、そこだけ一直線に春が来たように雪がない。なのに、90度曲がって、裏はいいやと思っている仕事人と彼らと同様な気持ちになっている私の家のある道を見ると、どうしてだか北極に来たみたいである。

 

これは、気楽だと思っていたけれど内実はそうでもないのかもしれない。

そう思って、シャベルを片手に外に出ると、なんだか雨が降って雪が融けてきた。

 

こうして雪が融けてみると、せかせか雪かきをした道もそうでない道も、同じように春のようである。これで元通りであるので、ひとまずよかった。

 

 

 

 

2012年

2月

02日

ラジオのいいところ

テレビがないので、ときどきラジオを聞きます。

 

ユーミンもラジオの方がテレビより、ニュースの本質を理解できると言っていたと、誰かに聞きました。本質?(でもラジオでニュースをやっている時間がよく分からない。時々天気予報に遭遇できるるくらい。)

 

ラジオといえばFMばかりかと思っていたけれど、こないだAMを聞いてみました。(なにが違うのかはよく分からない。)

意外とおもしろい。

 

AMのNHKのようなチャンネルでは、ひたすらいろんな言語のレッスンや漢詩や歴史などの授業が流れていました。こないだの休みの日に、モザイクを習いにいき、先生がAMのあるチャンネルをずっと流しているから、一日でロシア語、中国語、イタリア語、フランス語、英語、ドイツ語とかが15分ずつ流れて(ちょっと疲れた)、なんとなく勉強した気になりました。でもいろいろ聞きすぎて、日本語も別の言語に聞こえてしまいました。

 

漢詩の時間では、七言絶句とかを朗読する人の声は、力強いしきれいに聞こえます。(内容はよく分からない。)

 

あと、朝はクラシックがずっと流れているチャンネルがあるのも気が楽です。

 

 

2012年

1月

29日

メモ帳

「それネタ帳でしょ?」

 

特に仲がいいというわけでもない高校のときの同じクラスの子にある日聞かれた。

 

よく持ち歩いていた小さいスケッチブックのノートで、いろいろメモしていた。どう見ても大したことは書いてない。特に何を書くと決めていたわけでもない。いきなり「ネタ帳か」と問われ、何に使うネタだと思われたのかよくわからず、曖昧にしか返事ができない。でも何かのネタをメモするような立派な人物に思われたのかもしれない。このノートにはもっと大切なことを書かなければいけないのでは。一瞬そう思ったが、書くべき大切なものの判断がつかない私は結局大切そうなことは特に書いていない気がする。

 

中学のときから父にもらったりして使っていて、大学にいくとそのノートが売店に売っていたりして、結局今だに使っている。今だに何のノートだか分からない。分かるのは立派な役目はこのノートには荷が重そうだということぐらいである。「今日やること」(結局その日にはできなくて、一週間くらい同じやることが続く場合が多い。)、図書委員だったときのクラスの本を返してない人リスト、美術館の絵のメモ、聖書の言葉、落書き。私はノートを分けたりするのが苦手で、ひどいときは授業のノートまでそこにとられていたりするので、雑然としすぎていて読み返す気力さえない。

 

このお正月に実家にある私の荷物を捨てるときに、一応残しておいたそれらの何十冊かのノートを捨てることにした。気持ちがあらたまったというわけでもなくただ置く場所がなくなったからである。

 

それに、亡くなった祖父の一言日記や、叔母の若いときの青春日記が私たちに発見され、それこそ(私を含め)親類縁者のネタにされるのを目の当たりにすると、特にとっておく必要がない気がした。(妹に至っては、叔母の日記を暗記して披露している。)そういう意味でのネタ帳にされないためには、ひとまずこれで安心だと思う。

2012年

1月

09日

お正月に実家から持ってきた『ゲド戦記』(4巻本)に、旦那さんがはまっている。

 

今日はその3巻目を、黙々と読んでいる。

ところどころに付箋まで貼っている。 一体どうするつもりだろう。

 

しかし風邪気味でもあるようで(私がうつしてしまったのか)、静かすぎるのは、体調のせいか、本に熱中しているせいか、よく分からない。

 

 

本と言えば、最近お世話になった先生に久しぶりにお会いできた。

私はその先生が大好きだけど、突然で何を話せばいいか分からず、いつも自分のボキャブラリーの貧困さや、気持ちを伝える下手さに自分で辟易してしまう。でも先生は変わらず温かくお優しい。

 

先生は海岸を遠くに見据えながら、そこで昔起こった闘争やその歴史を短い間に次々に話してくれた。

 

私は恥ずかしながら、そんな歴史を知らなかったので、お話に出て来た『内灘夫人』を今度読んでみようと思った。あと同じくお話に出て来たトマス・マンという作家さんの『ヨセフと兄弟たち』も読んでみたい。

 

でも早く宿題を終わらせなければならない。

2012年

1月

03日

メダカ

去年の11月、実家に帰るとメダカがいた。

 

玄関の外に大きい樽があった。

 

母が言った。

「この樽にメダカを入れて、飼おうとと思う。」

 

これから冬だし、メダカ外にだしたら、寒くないだろうか。

 

妹と私は一瞬思った。

 

「大丈夫。メダカは凍ったら下の方にいくし、外で生きてる魚でしょ。たくさん増えてかわいいよ。」

 

母と父は、家の小さな味噌樽の中に入ったメダカを、外の大きな樽に移した。広い場所でメダカは快適そうに見える。

 

けれど次の日、すごくたくさん雨が降って、外の樽には雨どいを伝って集まった水が大量に流れ込んでいる。樽からは水が滝のように流れ落ちている。

 

「メダカ逃げちゃわないかな。樽の水あふれている。いくらなんでも、こんなに激しく流れ込んだんじゃ、樽の水と一緒に外に出てしまうよ。」

 

私と妹は大雨の中、樽の中を覗き込んだ。あまりに激しい雨で、水面が動いていて中が見えない。

 

「メダカはそんなにバカじゃないよ。自分から流れ落ちたりなんかするもんか。自然に生きてるものなんだから。」

母はいった。私と妹は信用した。

 

しかししばらくして、それが原因か何が原因か、メダカはいなくなってしまった、と連絡が入った。

 

今回お正月に実家に帰ると、家の中の小さなプラスチック容器の中に、懲りずに新しいメダカがいた。

 

何かを学んだらしい私の家族は、凍ったりせず、雨も雪も侵入しない場所で、新しいメダカを飼っている。 みんなとてもかわいい。

2012年

1月

02日

あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い申し上げます。

 

12月わけもわからず、ホームページを作ってみようと思い、でもいろいろ中途半端で終わってしまっているので、この冬休み中にちゃんと更新していこうと思います。

 

 

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2011年

12月

09日

山椒

「山椒いる?」

 

私は自信がないと(あるときでも)声が小さい(らしい)。

「・・・あの、ウナギの?」

 

「え?なに?」

 

「いえ。なんでもありません。」

 

「ウナギとかによくついてくるでしょ?」

 

「・・・はい。(やっぱり)」

 

「あげるよ。裏に生えてくるんだ。」

 

裏の庭にいくと、本当に山椒が生えていた。

 

「山椒ってこうやって、生えるんですね。」

 

「あそこの植木鉢に入れておいたから。」

 

ということで、家の玄関に山椒が生えている小さい鉢があります。

2011年

12月

09日

ホットケーキ

 

昨日、ホットケーキの話を書いたので、今日の朝はホットケーキを焼いてみた。

ホットケーキは作るのが楽しいけど、いつもそんな感動的な最後を迎えられない。

 

焼くのが難しいし、上手に焼けたとしても、食べるとなんだかふかふかして、お腹がいっぱいになりすぎてしまう。しかも今日の朝ご飯は他のものが、味噌汁とか秋刀魚の残りだったので、なんだかホットケーキは浮いてしまった。のどに詰まったホットケーキをお味噌汁で流し込むという荒業まで繰り広げてしまった。

 

とはいえ、ちゃんとお腹がいっぱいになってよかった。

 

 

 

 

2011年

12月

08日

去年はたくさん雪が降った。

車で動くと、歩きの何倍も雪が大変な気がする。

でこぼこの道を避けていたら迷って、暗くなってしまったのに、もっとでこぼこの道を通るはめになってしまったり。

 

急ブレーキをかけると屋根からフロントガラスに、大量の雪が落ちてきて、視界がなくなったり。

 

朝早く起きて、屋根の雪を下ろさなければ車に乗れなかったり。

 

今年は雪が降らなければいいと思う。

 

 

しかし、車がなかったらなかったで、雪の日は歩く気がしなくなってしまう。食料品が尽きたのに、歩いて15分かかるスーパーにいく気力がなかった学生時代。

 

そんな時、今でも忘れられない料理(?)を作ったことがある。

ホットケーキを作ろうとしたのだが、牛乳と卵とバターがなかった。というか、小麦粉と砂糖と塩ぐらいしか家にはなかったので、ホットケーキみたいなものしかつくれないと思った。雪で買い物に行くのが嫌になってから早何日かが経とうとしていた。

 

小麦粉に水と砂糖を入れて、混ぜてから焼いてみた。

 

凍えそうな部屋の中で、小麦粉と水と砂糖の味を噛みしめた私は、やっとコートを着て夜のスーパーへと駆けだす気力が湧いてきた。

 

「まずい、ってこういうことか」。

 

白い雪が夜道に薄明るく光っている、幻想的な風景の中を歩きながら、今まで食べてきて「まずいな」と思ったものはそんなにまずくなかったんだなと、よく分かり、それ以後、牛乳と卵なしのホットケーキは焼かないことにした。

 

 

 

 

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6月1日

 

先日、表札を作成してくださっていたお客様の作品ができあがりました。

青を基調とした涼しげで、きれいなデザインです。

今お家に飾られている表札と、季節によって、交互に付け替えられるとうかがい、とてもすてきだな、と思いました。

季節や気持ちに合わせて、お家の表札を変えるだけで、雰囲気がちがうだろうなーと、真似したくなりました。

 

字の部分など細かい部分を丁寧に仕上げてくださいました。

ありがとうございました☆

 

新しいお家にも、ぴったり合いますように。

 

写真は作成途中と、目地入れ前ですが、完成した全体です。

 

お知らせです。

こちらの都合で、ご迷惑をおかけ致しますが、モザイク教室は、5月いっぱいで少しお休みさせていただきます。

来てくださった皆様、ありがとうございました!

また3ヵ月以降くらいに再開したいと思っております。詳細が決まりましたら、ホームページにて掲載致します。

またよろしくお願い致します。

10月16日

 

長い間、お休みしていてすみません。

みなさん、お元気でしょうか。

 

私事で恐縮ですが、子供が産まれました。

今はモザイクを少しずつ始めています。

 

モザイクの破片の散らばりにルーズだった私は、家族に怪我をさせ、怒られっぱなしでしたが、いよいよこのままモザイク破片にはルーズでいてはいけないな、と思いつつ、どうしてわざわざ、危ないものの破片を作るようなことしているんだろう、と生活の矛盾を感じました。

 

でも、少しずつまたなにかご報告していこうと思っております。よろしくお願い致します。

  

6月4日

 

シソとお金と素麺

 

10枚で98円くらいのシソを買う度に、実家の裏でわさわさと生えていたシソを思い出す。

あるとき、ホームセンターで栽培セットが売っていた。

 

夏に向けて、このシソを栽培しよう。セットには、植木鉢と土と肥料と種が10粒ほど入っていて、400円くらい。これで、わさわさとこの植木鉢からはシソがとれて、夏の素麺にはシソがいつも・・・。

 

いそいそと購入をし、玄関前でいそいそと、種を植えた。それはかれこれ3ヵ月前のことであろうか。いざ夏になってみると、10粒の種から生き残った精鋭の茎は、わずか2本であった。「密接して生えている場合は間引きしてください」そう書いてあったために、途中で、何本か間引きしてみた過去を思い出す。あのとき、間引きをしていなかったら、もしかして・・・。

 

そして、私が間引きをしそこなったのだろうか、その2本の茎は、広い植木鉢の中にも関わらず、非常に密接した場所に生え、お互いを励ましあうように生きている。この植木鉢は横長のために、右片方にだけ偏って生えている2本の茎を見ると、なんだかとてもバランスの悪い植木鉢に見える。

 

おい。そんなに密接して生えたんじゃ、養分が2等分されてしまうのでは。

 

と思いつつも、バランスの偏った2本の茎に毎日水をあげると、シソの香りとギザギザの葉っぱ。確かにこれはシソである。

 

思わず1枚収穫。お前はよくがんばった。と思いながら、素麺を食べる。

 

一瞬で薬味として消えたその1枚に思いを馳せていて、ふと当初の目的を見失いつつある自分に気付いた。

 

10枚98円で買うのがなんだかもったいな気がするために、400円のシソ栽培キットを購入したのだ。元をとるには、この頼りない茎から最低40枚はシソをもぎ取らないといけない。あと、39枚である。このひょろひょろの2本の茎から、あと39枚も葉っぱを収穫するとしたら、彼らは生き延びることができるのであろうか。

 

よく分からないが、この夏の間は1枚ずつでもいい。ぜひ健全であって、私たちの夏の素麺生活に一役買い続けてほしい。そして、願わくば来年もちゃんと生きていて、40枚と言わずに偉大なシソの茎になってほしい。

 

 

5月19日

 

今日は、雨が降っています。

少し涼しくて、静かに雨の音がして、冬の雨の音と比べものにならない優しい音です。

 

「愛唱歌集」という歌集が、私の本棚にあり、一昨日眠れなくなってしまったときに、それが目にとまり開いてみていました。そこに「浜辺の歌」という歌が載っていました。

 

時々、父と一緒にテレビで見た映画のことを思い出します。

父は自分が好きな映画が、テレビで放映すると嬉しそうに見るので、私もそういう時は、父の隣でその映像を見るのが好きでした。小さい頃で、年齢が幼いからか、また精神年齢が幼いからか、結局よく内容が分からなかったりするのですが。

 

その映画のひとつに「二十四の瞳」がありました。

戦時前と戦時中、ある若い女の先生が、12人の小学一年生の担任になるところから物語は始まります。もしくは、その子たちが大人になってからの同窓会のシーンから始まったのかもしれませんが、その同窓会では女性ばかりが多く、集まった男性は少数でした。小さくて無邪気だった一年生たちが、大人になって、戦地へ徴兵され大多数が命を落としていました。

 

父は映画が終わったあとに「これは戦争反対の映画なんだな」と、見れば誰にでも分かる普通の感想を言っていました。

 

そういう話の筋とは、特に関係ないのですが、その中である歌の上手な女の子が、船の上で「浜辺の歌」を歌うシーンがありました。その声とその旋律を聞いたときに、私は地元に海もないのに、その歌が好きになり、中学のとき偶然その歌を音楽の教科書で発見し、「おお。これって、あの歌」と感動していました。そして自分もいつかあのシーンの女の子みたいに、船に乗りながらこれを歌いたい、とよく分からないシチュエーションまで思い浮かべていたのですが、久しぶりにその歌を思い出して、夜中にひとり歌ってやっと眠くなりました。

 

いつものことですが、とりとめない話しになってしまいました。あれ。

 

5月11日

 

今日はずっと雨でした。

遅くなりましたが、おとといの、出張モザイク教室のご報告を致します。

 

能美市の自然工房のパン屋さん「サフラン」さんで、展示をしていただいていて、そこでモザイク教室をさせていただきました。

 

かわいい姉妹さんが来てくださって、コースターを作って下さいました。妹さんは、ミッキーとミニーに挑戦。色使いが上手で、丸の形もかわいく使えています。お姉さんは何回も色の組み合わせを調節しながら、すてきなコースターができました。二人とも集中力と根気がすごかったです。

 

パン屋さんの展示は、私はただ家にある作品を置いて行っただけだったのに、お店の方が上手にでディスプレイしてくださっていて、すごい感動しました。写真立ての中の絵葉書を選ぶのとか、難しいと思って、私も考えるのを諦めていたのに(笑)、こういうのを中に入れればいいのだと、勉強になりました。本当にありがとうございました。

 

そして、パンがすごくおいしかったです。見学に来てくださったお客さんが、近くにソーセージ屋さんもできて、ここら辺は最近おいしいお店がたくさんできて嬉しいとおっしゃっていて、私もソーセージ屋さんに今度行ってみたいです。

 

店内の様子と教室の作品は、下にアップしました。

 

 

5月6日(月)

 

今日はGWの最終日なのに(だから?)、とても静かでした。前日まで、車でいっぱいだった近くの観光用駐車場もひっそりとしていて、世界中から人がいなくなってしまったが如くの、私の家の回り。

 

前回に引き続き、まどさんの詩。

 

「どうして いつも

 

太陽

 

そして

やまびこ

 

ああ 一ばん ふるいものばかりが

どうして いつも こんなに

一ばん あたらしいのだろう」

 

「おならは えらい

 

おならは えらい

 

でてきた とき

きちんと

あいさつ する

 

こんにちは でもあり

さようなら でもある

あいさつを・・・

 

せかいじゅうの

どこの だれにでも

わかる ことばで・・・

 

えらい

まったく えらい」

 

 

うん。そう言われれば偉い気がしてきた。

お父さんのおならにいつも、かわいそうな言葉をかけてしまって、ごめん。

5月2日

 

 5月に入っても寒いですね。ラジオの天気予報は「平年より8度程低いでしょう。」と、毎朝見事に、平年の気温感覚が乏しい私にも分かるように、今日の気温の不可解な低さを言い当てています。

 

お知らせです。

5月9日(木)は能美市のパン屋さんに出張モザイク教室を致します。お近くの方はぜひ、お立ち寄りください!

 

日程:2013年5月9日(木)

時間:10:30~13:00

内容:ガラスモザイクのコースター作り

参加費:1800円(材料費と講習費含む)

ご予約先:070-5630-3319(滝沢)

場所:「サフラン」(パン屋さん)

 

〒923-1243
石川県能美市三ッ屋町ロ26番1
Tel/Fax:0761-58-2353

http://zionsafran.web.fc2.com/

 

 

ふと思い出し、まど・みちおさんの詩を読んでみています。

 

「カニ

 

カニがカニっとしているのは嬉しい

カニがそれを気づいていないらしいので

なおさら しみじみと・・・

 

ああ こんな私も私っとしていることで

だれかを喜ばせているのかもしれない

私がまるで気づかないでいるとき

いっそう しみじみと・・・

 

そう思うこともできるんかなあ

と私は私を胸あつくさせた」

 

 

何年か前にまど・みちおさんの、絵画を雑誌で見た時も感じましたが、

空気がないところに窓をつくってくれるような、遠くから風が吹いてくるような気持ちになります。「カニっとしている」という響きを、カニを見る度に思い出すんだろうな、と思いました。

 

 

 

 

 

4月24日

 

 春なのに、寒い日が続きますね。先週だったか、あたたかい日が続いた日に、調子に乗ってストーブを片づけなくて本当によかったです。 

 

 昨日、モザイク教室に来ていただいたお客様のコースターの作品です。

緑を基調にしたかわいらしい色合いです。円形にガラスを割るのは難しいのに、とても上手に円を作ってくださいました。ありがとうございました!

次の表札もすてきな作品となりますように。

キャンプ場 スウィートグラス
キャンプ場 スウィートグラス