Sweet Grass
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星降る夜
星降る夜

キャンプ場さんからのご注文で、「星空」をイメージした作品を作成しました。

物語も作ってみました。

星降る夜

 

一年に一度、星という星が空から降ってくる日がある。毎年冬の一番寒い時期にその日はやってくる。

ずっと昔からあるらしい。

 

その日は、外に出ちゃいけない。うっかり外に出て、降って来た星に当たるととても痛いらしいから。大きさは、大きいのは人の握りこぶしくらいで、小さいのは金平糖くらい。危険だから、何日も前から注意報が世界中で出される。一年に一度のこの日のためだけに、建物という建物はとても頑丈に作られているし、農作物や外にいる動物はこの日のために、特別な方法で保護される。外の植物なんかは、被害を受けることも多い。星が降ったあとは、どの木もみんなぐったりしている。倒れている木もある。でもきっとずっと昔から続いてきたこの世界の習慣なんだ。どうして、こんな現象が必要なのかは、僕はよく分からない。偉い人は知っているかもしれない。もう少し大きくなったら、学校で習うのかな。もしかしたら、僕のお姉ちゃんは知っているかもしれない。

 

でも、いつもは遠くの空で光っているだけの星が、ゆっくりと落ちてくる光景はとても美しい。みんなその日は、頑丈で透明な屋根がついた、特別な部屋に寝ることになっている。自分の家にその屋根がついた部屋がある人もいるし、遠くのきれいに星が見える宿に泊まる人もいる。大切な人と過ごす人もいるし、一人でゆっくりとその光景を楽しむ人もいる。

 

今年は僕の家族は、山の上の宿にきたんだ。ここはとても小さな部屋だけど、犬も泊まれるし暖炉もあってあたたかくて、すぐに僕とお姉ちゃんは好きになった。

 

星は空から降ってくるけど、その年によって、明るい昼間に降ってきたり、夜中に降ってきたりいろいろだ。今年は、夜中に降ってくるから星降り日としては、とてもよい時間だといえる。真っ暗なこの世界に、ぼーっといろいろな色に輝く無数の光が、ゆっくりゆっくり降ってくる。何カ月も前から僕とお姉ちゃんはこの日を楽しみにしていた。

 

夜中に眠くなって、せっかくの星を見逃さないように、昼間にぐっすり昼寝をした。なかなか眠れなくて苦労したけど、きらいな本を読んで眠気を引き起こした。あの本はいつも退屈だから、こういうときにならないと開く気がしない。

 

いよいよ夜になって、星が降ってきた。こんなにたくさんの星が空にあるなんて、いつもは全然気づかない。大きい星が降ってくるとみんなは歓声をあげた。犬も吠えた。小さい星でも、とても色がきれいな星もある。いつもはみんな白い色に見えるけど、近くで見ればそれぞれ、不思議な色や模様をもっている。きっと昼間眠れなかったとしても、こんな光景を前にしたら、誰も眠ってなんかいられない。2時間くらいで、降ってくる星は止まった。もう空には星はない。お父さんが、まだ降ってくるかもしれないから、ドアを開けたらいけないと言った。僕とお姉ちゃんは窓から、隣の芝生の広場を見わたした。ああ、なんて光景だろう。昼間じゃないのに、地面という地面がみんな輝いている。すっきりとまっすぐ白く光る星、ぼんやりとににぶく光る星、息をするように光ったり消えたりを繰り返す星。

 

朝になっても、この星を僕たちが拾うことは禁止されている。

専門の星の博士たちがやってきて、数を数えながら、星を集めるんだ。

 

陸にあげられた魚のようにその星は、ゆっくりと光を失っていき、最後は地上の石を変わらない姿になるけれど、星の博士たちはそれまでの間に星のことや宇宙のことを調査して、去年と違うことや、新しい星のことなどをまとめるということだ。

 

春のある朝まで、星がない地球の夜空が続く。星の博士たちは星を調査し終わったら、もうひとつやっかいで、一番大事な仕事が残っている。その星たちを元の場所に戻すことだ。電球を変えるみたいに、高い梯子を使って空に星のひとつひとつを埋め込んでいく。元の場所に正確に。そうしないと、この世界の気候は少しずつ違ったものになってしまうらしい。よく分からないけれど、暑くなったり寒くなったり、風がふいたり、夜が長くなったり。だから、博士たちのこの仕事はこの世界で、一番難しくて重要な役割のひとつだと思われている。

 

でも、今年は星がひとつ足りなかった。そのせいで少し騒ぎになった。

 

僕のせいなんだ。朝になって、ゆっくりと光を失っていく星をみていたら、ひとつだけ、いつまでも光を失わない星があった。不思議に思って、手にとってその星をずっと見ていた。家に帰るときになっても、その星は光ったままだ。他の星はもうすべてただの石ころのようにみえた。僕はその星がいつまで光っているか、ずっと見ていたいと思った。だから、光を失うまでの間、僕の家に置いておこうと思ったんだ。その星は、僕の家についても光ったままだった。

 

一カ月ほどして、大体の調査を終えた博士たちが、星がひとつ足りないことを発表した。僕はいけないをしたと、やっと我に返った。星の光はそのままだ。でももう僕がもっていたらいけない。僕は悪いことをしてしまった。早く返せばよかったんだ。あのとき、拾わなければよかったのに。早く、あの、山のてっぺんの星の研究所までいって、この星を返そう。

 

僕は、学校が休みの日に、そっと家をぬけだした。電車のお金とリュックの中に水筒とお弁当と着替えをいれた。あとお菓子。そしていつまでも光っている星をタオルにくるんでそっとリュックに入れた。寒いと思って服をたくさん着た。

 

僕は電車を降りて、山をのぼった。途中で、同じように山に登っている大人たちが、持っている手袋や上着も貸してくれた。僕の格好はこの山には危なすぎるし、子供には無理だから、途中で帰りなさいと何度も言われた。僕はどうしても星の研究所までいきたいと言った。

 

休憩をたくさんした。僕の水筒もお弁当も空っぽになってしまったところで、やっと星の研究所が見えて来た。星の研究所には博士がひとりだけいた。博士はふとっちょで、メガネをかけていて、動きがゆっくりしていた。僕をみても驚かないし、ぼーっとしている。今は他の博士たちは、みんな発表の時期で、世界各地の星の会議や発表会に出かけているので留守とのことだった。

 

僕は何も言わずに、隅の方に星を置いていこうと思った。でも、博士は僕のリュックの中で、にぶく光っているものはなんだと聞いたんだ。しまった。僕は博士に会わないで、そっと研究所のドアのところにこれを置いてくるべきだったんだ。星を盗んだ人は一体どうなるんだろうか。ずっと牢屋に入れられるかもしれない。ずっと遠いところで、ひとりで暮せと言われるかもしれない。

 

博士はいった。

「それは、星だろう。」

ぼくは何も言えなかった。

 

博士は続けた。

「君は星をもっている。その星はいつまでも光を失わない星だ。」

ぼくはまだ何も言えない。

 

博士はまた言った。

「その星は君に会えたので光っているんだ。星の博士になる者はみんな星が選ぶんだ。」

ぼくはびっくりした。

「僕は星の博士ではありません。」

「これから、なるんだろう。博士になる者はみんなそうやってここに来る。星に選ばれて、その星を持ってくるんだ。君はちいとばかし、小さすぎるようだが。まあ、悪いことはないだろうて。さて、君の机を用意しなればいけないな。」

ぼくは言った。

「僕、学校があります。僕、ここに星を返しにきただけです。家にはお父さんもお母さんもお姉ちゃんも犬もいます。」

博士は言った。

「そのうち慣れるだろう。家と学校にはわたしが手紙を書いておくよ。君も書きなさい。まあ、準備もあるだろうから、一週間くらいは家に帰って、ここに住む支度を整えてきなさい。星の博士となる者は、星に選ばれたときから、研究を始めなければいけないよ。」

 

僕はなにがなんだか分からなくなった。ずっと緊張していたし、寒い山を登ってとても疲れていた。ぼくはとても眠たくなって、考え込んでいるうちに、座っていたいすの上で眠ってしまった。

 

僕は星の博士になるんだろうか。難しい仕事が僕にできるんだろうか。そう頭の奥で考えている内に、山の研究所に星のない夜がきた。今、星は世界中の研究所で眠っているんだ。この研究所にもきっとたくさんの星があるんだろう。

 

その夜、星の博士が眠っている僕のリュックの中にあるその星を取り出したとき、役目を終えたようにゆっくりと、星は光るのをやめたとのことだ。確かに僕が朝起きると、もうあの星は光ったりしていなかった。

2012 滝沢未羽 作)